上井草便り

5年分
 豊田組ラストゲームとなったサントリー戦で、初めてアカクロジャージに袖を通したのは「5年生」の掛井雄馬選手でした。

 4年生だった昨年度はBチームの10番として、Jr選手権優勝に貢献するもアカクロをあきらめきれずに臨んだ5年目のシーズンは、「結果は出てなくて悔しくて、最後あきらめかかった」(掛井雄馬選手)

 と決して楽な道のりではありませんでした。それでも4年生でBチームを引っ張っている小塩康祐選手、上田一貴選手らの姿を見て励まされたと、仲間への感謝の思いを口にします。

 櫻井選手の欠場により急遽の出場となった試合前日、権丈組の同期から応援メールが何通も届きます。どれも「嬉しかったですね」(同選手)と眺めていると、一通のメールが目に留まります。

 「ワセダでラグビーをやるきっかけとなった人」(同選手)という高校(静岡・聖光)時代のコーチからのメール…

 ”1秒1プレーに5年間の生き様を見せろ!”

「出る事はなかったですけどね(笑)でも…この(アカクロを着れた)瞬間だけでも5年待った甲斐があった。」(同選手)

と納得の表情を見せます。
100人を超える部員でアカクロを着れるのはほんの一握り、殆どの部員が一度も袖を通す事なく卒業します。

 試合前、秩父宮に流れる選手紹介で「No.20 掛井雄馬!」のアナウンスが響くと、スタンドの部員席が誰のどの選手紹介の時よりも沸きます。

 5年目にしてラストゲームでようやく辿り着いたアカクロジャージ…
スタンドの下級生部員はその姿に明日の自分を重ねているのです。【鳥越裕貴】

秩父宮の電光掲示板に掛井雄馬選手が映し出されると部員席からは歓声。

一覧
TOPページへ