217.9km
〜熱走の刻〜
―当日は、どのように走ろうと考えていましたか
自分らしくいこうと思っていました。みんなが期待しているのは安定感だと思ったので落ち着いた走りをしたいと思っていました。でも結果的にはそれが良かったのがどうかわかりませんね。
―わからないというのは
最初突っ込んで後半落ちて終わるよりは、自分が一番力を発揮できる展開にしたいと思ったんですが、逆に小さくまとまりすぎちゃったかなと思います。あのときはやれるだけはやったつもりなので、そこは自信をもつしかないと思っています。
―走っているときはどんなことを考えていましたか
追いつくのかなぁ、と思っていました。直線のときに遠くに先導車が見える程度だったので、かなり(東洋大との)距離感は感じていました。でも見えていたのに追いつけなかったのは心残りです。
―渡辺監督(康幸=平8人卒)から指示はありましたか
レース前に電話して、一番言われたのが「最後まで諦めるな」ということです。何度も何度も言われました。
―心に響きましたか
もちろん!響かないわけがないです(笑)。
―改めて自分の走りをふり返ってみていかがですか
ここでこうすれば良かったというのはいっぱいあるんですけど…。なんですかね…。でも、自分らしく走れたと思います(笑)。
―71分18秒、区間3位という結果については
自分では70分30秒くらいを目標にしていました。イメージどおり走れていればどうだったかなと思って、それで責任を感じてしまったりして悔しさが強かったです。
―最後は手を合わせてゴールされていましたが、どういった心境でしたか
無意識です(笑)。走っていてどこがゴールかわからなくて…
―わからないのですか
最後の3キロくらいは本当に人が多くて、自分もいっぱいいっぱいでどこにゴールがあるのかわからなかったです。でもゴールが見えてきて竹澤(健介=スポ4)と丸尾(祐矢=スポ4)がいるのが見えて、本当に申し訳なくて。でも迎えてくれたのが本当にすごく嬉しくて…、手が勝手にくっついていました。
―初めて箱根駅伝を走ってみて、やっぱり違いましたか
沿道の声援が想像以上にすごかったです。次の日まで歓声が耳に残っていて、ずっと耳なりがしていました。
―本当に応援がすごいですよね。沿道の方と話すと早稲田のファンがとても多いなと感じました
去年は僕も応援で沿道にいたりしたんですけど、エンジのジャージを着ていると話しかけられたりして、やっぱり早稲田は愛されているんだなと思いました(笑)。しかも早稲田を応援している人は愛着がすごくあると思います。そういうところで走れて本当に良かったです。
―4年間で特につらかった時期はありましたか
1、2年生のときはまわりのレベルの高さにどうしていいかわからなくて、方向性が見えない時期でした。
―方向性というのは
箱根を目指すといっても、その頃は目指せるレベルでもなかったし自分が本当にこのまま陸上をやっていていいのかなと思っていました。悩むことも多かったんですけど、周りに一緒に頑張れる人がいたのでやめることはなかったです。続けてこられたから今の自分がいて結果的に箱根も走ることができて、早稲田に入って競走部に入って間違いじゃなかったです。
―一般組とか推薦組とか言われたりしますが一般組として意識していたことはありましたか
あまり一般とかは考えていなくて、推薦だろうが一般だろうがひとりの早稲田の選手として頑張ろうという気持ちでした。
―普段から推薦入学の選手を抜いてやろうみたいなことを考えたりしていましたか
個人的にはすごく思っていました。負けないぞって(笑)。
―そういうことは心に秘めておくんですか?口に出して言うんですか
基本的には出さないです。
