10区 三戸格
最終回は10区を務めた三戸格(政経4)。タスキを受けた時点で1位・東洋大とは1分26秒差。最後まで諦めなかったが逆転優勝はならなかった。悔しい2位のゴールテープを切った三戸の箱根路はどのようなものだったのだろうか。そして引退を迎えた心境とは。言葉の端々から仲間や早大競走部への想いが感じられるインタビューとなった。
※この取材は1月24日に行ったものです
―箱根駅伝から20日くらい経ちましたが引退したという実感はありますか
ありますね。終わってすぐは体がなまっていくのがどうしても我慢できなかったんですけど、だんだん時間が経つにつれてアスリートではいられないなという感じになってきました(笑)。一度気持ちが切れてしまうと戻らないです。
―今でも箱根のことを思い出したりしますか
毎日思い出します。1週間くらいは何も手につきませんでした。
―地元には帰りましたか
すぐには帰らなかったです。下級生は帰っていたんですけど、けっこう4年生が寮に残ったりしていましたね(笑)。寂しさもありましたし…。
―箱根の準優勝という結果についてはどう考えていますか
勝ちたいというよりも勝つつもりでやっていたのでそういう意味では悔いが残ります。でも、勝負できたことは誇れることかなと思います。
―10区と言われたのはいつですか
区間エントリー(12月29日)のときに10区と言われて。一週間前くらいから雰囲気的には10区にくるのかなというのはありました。
―10区と決まったときの気持ちは
今までは走るかどうかわからない感じでンバー入りしていたんですが、今回は走るという意味で入ったので、やっぱり嬉しかったです。
―前回、前々回は当日のエントリー変更でメンバーから外れましたが、そういう不安はありましたか
ありましたね。走るだろうとは思っていたんですが、当日までわからないし急に調子が落ちてしまったらどうしようとか思いました。今回も外されるかなっていう不安があったので最後の最後まで体調管理とか調子を上げるために精一杯やったと思います。
―10区という区間に対しては
優勝のゴールテープを切れるっていうのがおいしいな、と思っていました(笑)。でも一方では自分が負けたらチームも負けてしまうというプレッシャーが大きくて、期待が大きいぶん不安もすごく大きかったです。
―6〜9区はどんな気持ちで見ていましたか
復路に関してはハマれば独走で優勝かなと思ったんですけど、選手の調子などに不安要素もあったのでビハインドでタスキをもらうこともあると思っていました。動揺はなかったです。
―三戸選手自身の調子はいかがでしたか
僕も12月中、全然走れていませんでした。全日本のあとに故障して、合流したのが箱根のエントリー(12月10日)の頃で本当に最後の2週間くらいで調子を上げてきて間に合ったという感じでした。
―では出られないんじゃないかという気持ちもあったのですか
12月の初めの頃は“4年間終わっちゃったなぁ”っていうのが頭にはありました。でも、やれるだけはやってみようと思っていました。それが良い結果につながったと思います。
―ほかの選手と同じようには練習できていなかったんですか
12月の2週目くらいから合流して一緒にはやっていたのですが、故障あけで全然調子が上がらなくて「ダメかな」って本当に思いました。