217.9km
〜熱走の刻〜

4区 三田裕介
 今回は4区で早大の1年生では18年ぶりとなる区間新を記録し、総合2位に大きく貢献した三田裕介(スポ1)のインタビューをお送りする。三田にとって初めての箱根路はどのようなものだったのか。箱根駅伝のエピソードとともに、走ることへの真摯(しんし)な思いや仲間の大切さ、さらには今後の目標など爆笑トークを交えながら語っていただいた。
※この取材は1月17日に行ったものです


―箱根を振り返って

 自分の中では箱根駅伝は過去のこととして気持ちの整理はついているのですが、チームが総合2位という悔しい思いだけが残っています。

―4区で区間新を取ったけれど悔しいのですか

 区間新を取ったことは取ったのですが、ぶっちゃけて言うとそれはいらなくて、チームの総合優勝だけがしたかったので、できる限りのことはしたとは思うのですが、やっぱり悔しいです。

―「打倒・駒大」で挑んだ箱根駅伝でしたが

 駒大が遅れているということでちょっとラッキーかなと思った部分は正直ありました。でも、自分の力を区間の中で100パーセント出すことが目標だったので、駒大が遅れているなど関係なく、自分の走りをしようということだけを考えて走りました。

―渡辺康幸監督(平8人卒)の指示は

 スタート前は1位と30秒くらいで来ると言われていて、自分のベストの走りをすれば追い抜けると思っていましたし、監督も同じ気持ちでいました。山梨が前にいるなど関係なしに、自分の走りをしようと心がけました。

―調子は良かったのですか

 すごく良かったです。箱根駅伝が早く来てほしいと思っていました。風邪を引かないうちに走りたいって思っていました(笑)。

―4区を走るのはいつ決まりましたか

 1週間くらい前に決まりました。コースは7区を車で見ただけで、4区はビデオの中でしか見てないですね。実際走ってみて、こんなに上りあったんだみたいな感じでした。

―距離への不安はありましたか

 距離への不安というのはなかったですね。自分はわりとマイナス思考に物事を考えるタイプではないので。上尾が終わって約1か月箱根に向けてしっかり走る期間ということで、練習を積んできて、できなかった練習もできるようになり、後半になって調子も上がってきて、自分の中で手応えもあり、いい形で箱根駅伝を迎えられて良かったです。

―そうですね。プラス思考は大切ですよね

 その分不安になる時もありますよね。5月くらいに上半身の強化をしなくてはということで補強をやり始めて、ずっと続けているんですけど、本当に疲れている時以外になんかやる気が起きなくて今日やめとこうかなって思ってやらなかったりするときってあるじゃないですか。で、やらなくてベッドに入って1日の出来事を思い返してやってないってことに気づくと眠れないんですよ。「やべぇーきょう補強やってない」って思って(笑)。で妥協しちゃだめだと思ってふとんから出て補強をやって寝ます。自分嫌なことを後回しにするタイプなので、妥協しないでやらないといけないと思います。

―あこがれの竹澤主将(健介=スポ4)からタスキをもらいましたが、その気持ちは特別なのですか

 竹澤さんは特別な存在でしたけど、走り始めたら、竹澤さんからもらうというよりも、一人の強い選手からもらうという気持ちでいました。

―渡されるときに何か声をかけられましたか

 「頼んだぞ」って言われまして、「分かりました」って言ったら「よし」って言ってくださって。自分が走り始めた時には本当にお疲れ様ですっていう気持ちばかりでしたね。竹澤さんはワセダをずっと背負ってきた方で、つらいこともたくさんあったと思うので、苦しんだ分最後の箱根お疲れ様でしたっていう気持ちが強かったです。

―沿道の応援は聞こえましたか

 本当にすごかったですね。走っていて疲れを半分以上忘れさせてくれるほど沿道の応援はすごかったですね。途中で「三田!!」とか「ワセダ!!」とか「区間新いけー!」って言われてうれしかったですね。

―区間新はいつから意識されましたか

 監督から狙えるぞと前から言われていて、走り始めてみたら調子もよくて、本当に行けるかなと思ったのは10キロ過ぎてからですね。15キロを通過した時に、監督に帝京の選手に1秒負けているぞと言われて(実際は勝っていた)、お前が区間新を出しても名前が残らないからお前の名前を残せって言われて、頑張って名前を残したいなと思いました。

―負けず嫌いなのですね

 負けるのは悔しいので頑張るって感じですね。

―カメラは意識するのですか

 映っているのかなってくらいですね。あとはカメラマンの人が笑っているのが見えて、何に笑っているのだろうって思ったりしていました(笑)。

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