【特集】勝負に駆ける 第3回 朝日×三戸×三輪
―4年間で得たもの、学んだものはありますか
◆朝日 僕は性格的にすごく冷めているところがあるんです。カッコよく言えばクールなんですけど、悪く言えば適当だったり、中途半端で徹しきれない。1、2年の時は練習で二人に比べると離れちゃう方でしたし、気持ちも弱いんですね。でも、年を追うごとに良くはなってきているんですよ。3年になった時くらいから、「こんなに我慢できる自分がいるんだな」って練習中に発見することが多くなりましたね。練習がきつくて嫌になるときもあるんですけど、自分を発見することが、「陸上楽しい」という思いにつながっていて。三戸は今苦しいって言っていますけど、僕は今すごく楽しいですね。ケガをしても、これからどう組み立てていくのか、どういう風に強くなれるのかと考えることができて。
◆三輪 おまえはまだステージがあるからな。
◆朝日 うん。全日本の時も、少し調子が落ちている中でどれぐらい大舞台で走れるのか、どれくらい我慢すれば強い人たちと戦えるのか…って、実業団行きに関連付けて考えているところもありましたね。逆にそれで安心して箱根に向けて追い込めなくなってしまうといけないんですけど、それはそれですごく良いですね。
◆三戸 朝日と近いのかな。自分もさばさばしているような、中途半端な甘いところがあって。もともと箱根にあこがれはあったんですけど、思い入れはそこまでなくて。高校で中途半端に終わってしまったからもう少し頑張ろう、ぐらいの気持ちでやっていたんですけど、4年間やってきて、ここまで本気でやれるんだなって、ちょっと自分が強くなれた気がしますね。入学したてのころの自分はここまで頑張れなかったと思います。
◆三輪 すごく大きいですよ。最初は長距離ブロック長を任されるようなキャラではなかったです。自分が箱根を走れればいいやって、自分のことしか考えていませんでしたね。最初だったら、自分が出られなくて仲間が出ていた全日本の時も、多分テレビすらつけないんじゃないかと思います。でもこの前は、一緒の仲間が出られてうれしいけど、一緒にやっていたのに…っていう、うれし悲しという気持ちになって。何年間も一緒に居て、頑張っている姿を見てきた分だけ、仲間に対する思い入れが出てきたのかなと思いましたね。あとは、4年になって周りのことが見えるようになりましたね。故障で悩んでさまよっている奴に声をかけるようになりました。芦塚や伊藤(和麻=スポ2)が辞めるって言っていた時期があったんですけど、そういう奴らに早く気づいて、止めてやれるようになりましたね。
―後輩たちに残しておきたい言葉はありますか
◆三輪 「調子に乗るな」って言いたいです。おごりや気の緩みで、一気にまた弱い時代に戻ってしまうから。
◆三戸 最後の暗黒時代を経験しているからね。
◆三輪 気の緩みからあの暗黒時代は始まったんじゃないか、と相楽コーチ(豊=平15人卒)も言っています。調子に乗ると一気にたたき落とされてしまうので。
三戸 今年が終わったら来年は来年で全く違うチームだと思うので、そこを勘違いしないように、しっかりと考えてやっていってほしいです。
◆朝日 逆に僕は後輩にすごく優しく接してもらっていて、みんな「朝日さん、朝日さん」って寄ってきてくれていたので(笑)、本当にありがとうって言いたいですね。本当、支えられたところは大きかったですよ。頑張り屋さんも多くてですね、後輩が頑張ってるんだから、先輩も頑張んなきゃなって。
◆三戸 後輩に支えられるってなかなか言えないよね(笑)。
◆朝日 自分より速い後輩はたくさんいるから、ちょっとカッコ悪いけどね。
―三輪選手は、今年走った箱根駅伝はどうでしたか
◆三輪 1年のころと比べたら、スタートラインに立ったときの自信が違いました。1年の時はタスキをもらうとき真っ白だったんですけど、この前の箱根の時は結構練習も積めていたので、自分の走りをすれば何とかなるかなという気持ちで臨めましたね。結局、駒沢に抜かれてしまったんですけど。結構おいしいところでもらったので、もうちょっと粘ればおいしい風に映ったのにもったいないことしなあって…。ズームインに出たかったですね(笑)。今回はもちろん!
―朝日選手と三戸選手は、沿道から見ていていかがでしたか
◆朝日 僕は直前に故障をしてしまって。渡辺さんにはおまえを使うとまで言ってもらえていたので、その分申し訳ない気分でいっぱいでした。箱根終わった後3日に打ち上げ会があるんですけど、その時に芦塚が隣に来て、「朝日、走れなくて悔しくなかったの?」ってあいつも酔っ払って言ってきたんですけど、僕もたまっていたのか、「オレだって走りたかったよ!」ってつい大きい声で言っちゃって、シーンってなっちゃって(笑)。ちょっと半泣きで芦塚とそのあとしゃべったんですけど…。本当に夢のようだったんですよね。上尾ハーフが終わって、自分が箱根を走れるということが現実に迫ってきて。でもすぐ集中練習で調子を崩しちゃって、面白いように転げ落ちていって。初めてですね、人生であんなに周りから期待されて、大きいプレッシャーを経験できたのは。周りには平然を装って、あいつ何ヘラヘラしてるんだと思われるくらい笑ってたんですけどね。
◆三輪 いや、気づいてたよ。すごい悔しがってたじゃん。
◆三戸 悔しがらないはずがないよ。
◆朝日 まあ適度に悔しがろうとは思っていましたけど(笑)。本当はもう練習にも出たくなかったですけどね。外される前にこんな状態じゃもう走れないって分かっていたので。早く帰省したかったですもん。「鹿児島に帰りてーなー」って。正直、三戸たちを応援する気にも…まあちょっとはありましたけどね。でも友達を応援できないくらいにショックでした。それぐらい大きな経験でしたね。
―三戸選手は2年連続当日変更でしたが
◆三戸 2年の時はやっとメンバーに入ることができて、うわーっていう感じで何も分からない状態で、3年の時は1年間いいとこ無しで来てメンバー決めの時に頭数をそろえるために入れてもらったぐらいの感じだったので、走れなかったこと自体は仕方がないのかなと思っているんですけど、走れる状態で正月にいられなかったことが一番悔しいですね。走るために最大限努力したつもりですけど、それでも1歩か2歩か3歩及ばなかったと自分でも分かるので。その分を次の年に生かしていきたいなと思って、今この状況です。
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